広島高等裁判所岡山支部 昭和45年(ネ)132号 判決 1974年11月29日
控訴人
大村正明
右訴訟代理人
一井淳治
被控訴人
新見信用金庫
右訴訟代理人
杉本義昭
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一<証拠>によれば、請求原因第一項の事実<編集部注・「訴外全国信用金庫連合会が、被控訴人を代理人として昭和三六年一二月一九日訴外大沢敬夫に対し一五〇万円を貸し渡したこと」>が認められる。<証拠判断省略>。
二そこで、請求原因第二項<編集部注・「被控訴人が前同日訴外大沢綾子を代理人として、右連合会との間において、右敬夫の債務につき連帯保証契約を締結したこと」>について検討する。
<証拠>によれば、控訴人は大沢敬夫の後妻大沢綾子の実弟で、大阪府の小学校教職員の地位にあつた者であるが、右敬夫が従前から新見市において営んでいた重炭酸カルシュウムの製造業大沢商店を、昭和三六年一二月ころ会社組織にする話が具体化した際には、大沢敬夫、綾子夫婦から右会社設立に参画することを依頼され、これに応じて右会社設立の一員としてなす一切の権限を右敬夫夫婦に与えた間柄にあつたこと、控訴人は昭和三六年一二月一八日ころ当時居住していた大阪府河内市の自宅から右敬夫宛前記実印に印鑑証明書二通(証明年月日、昭和三六年一二月一八日)を添えて送付していることが認められ、<証拠>によれば、訴外全国信用金庫連合会代理人の被控訴人が大沢敬夫に本件金員を貸し渡すに際しては、被控訴人の係員が右借り受けの実際の衝に当つた大沢綾子に、所要事項を記載した前記消費貸借契約証書(甲第三号証の一)を交付し、綾子において、いつたんそれを持ち帰り、債務者大敬沢夫、連帯保証人控訴人の名下にそれぞれの押印のある右消費貸借契約証書に各印鑑証明書を添えて被控訴人店舗に持参したが、その際係員において大沢綾子から連帯保証人たるべき控訴人の授権を得ている旨の確信を得たうえ、右金員を貸し渡していることが認められ<る。証拠判断省略>右によれば、本件連帯保証契約は大沢綾子が控訴人の代理人としてこれを締結したものであることは明らかであるが、前記の事実だけから、控訴人が右連帯保証契約の締結を承諾し、右綾子にその代理権を授与したものと認めるには十分でない。
却つて<証拠>によれば、控訴人が前記のとおりその実印と印鑑証明書を大沢敬夫宛送付したのは、右敬夫から前記会社設立に際し役員となつてくれるよう依頼されてこれを承諾し、右会社設立手続のため使用させる目的に出たものであること、当時控訴人は右敬夫夫婦から本件金員借の件については何らの相談も依頼も受けたことがないことが認められるのであつて、かれこれ考え合せると、本件連帯保証契約は大沢綾子において前記のとおり会社設立のため控訴人から送付された同人の実印と印鑑証明書を無断で使用して締結したものと推認される。<証拠判断省略>そのほか、控訴人の大沢綾子に対する本件契約締結の代理権授与の事実を認めるに足りる証拠はない。
右によれば、本件連帯保証契約は大沢綾子が被控訴人主張の日時に、無権限で控訴人の代理人として訴外連合会と締結したものというべきである。
三すすんで表見代理の主張について検討する。
控訴人が本件契約締結当時、大沢商店を会社組織にするべく会社設立の一員としてなす一切の権限を大沢敬夫、綾子夫婦に授与していたことは前認定のとおりである。
控訴人は、会社設立行為は公法上の行為であるから表見代理における基本代理権となり得ない旨主張するけれども、会社設立行為の中には一部公法上の行為が含まれているにしても、主として私法上の法律行為によつて構成されているものであるから、控訴人の右主張は採用の限りでない。
そこで、訴外連合会代理人であつた被控訴人において、本件連帯保証契約の締結にあたり大沢綾子に右権限ありと信ずべき正当の理由があつたかについてみるに、前記認定のとおり大沢綾子は右契約を締結するに際し、控訴人名下に控訴人の実印を押捺した前記消費貸借契約証書に控訴人の前記印鑑証明書を添えて被控訴人係員に提出し、係員に対し右契約の締結につき控訴人の授権を得ている旨申述していること、さらに<証拠>によれば、当時被控訴人においては控訴人と綾子が姉弟の間柄にあることを了知していたことが認められる。
なお、昭和三六年六月から本件契約締結時までの間に前後四回にわたり、被控訴人が大沢敬夫に対し合計一六一万にのぼる貸付をなし、これにつき大沢綾子が控訴人の代理人として連帯保証をしていること、しかしこれについて右綾子が右代理権限を有していたと認められないことは、先に触れたとおりである。
ところで、<証拠>によれば、被控訴人は右各保証契約及び本件契約にあたりいずれも、控訴人に対し直接控訴人の真意を確めることをしていないというのであるところ、控訴人と大沢綾子とは姉弟の間柄にあつたとはいえ、前記のとおり控訴人は当時大阪府に居住し、教職にあつて、右の如き多額の債務につきたやすく保証を承諾することを期待できる状況にあつたとはいいがたいこと、控訴人にとつては前記各保証契約及び本件契約はいずれも反対給付のない債務負担行為であるところ、被控訴人において、右各代理権の存否の調査は、前記控訴人の印鑑証明書等の住所の記載からすれば、比較的容易であつたことなどからすると、たとえ被控訴人側に前述の諸事情があつたとしても、金融機関たる信用金庫としては直接控訴人に対し、右いずれかの場合において一度はその真意を確認するのが相当というべきであり、これを怠つたことは控訴人に過失があつたといわざるを得ない。
したがつて、被控訴人が本件連帯保証契約締結にあたり大沢綾子に代理権限ありと信じたことにつき民法一一〇条の正当理由があつたとは認めがたく、そのほか本件全証拠によるもこれを認めるに足りる資料はない。
四以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるから、右と結論を異にする原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(渡辺忠之 山下進 篠森真之)
別紙目録<省略>